昭和47年11月13日 朝の御理解
御理解 第37節
「「生きて居る間は修行中じゃ、丁度学者が年を取っても眼鏡をかけて本を読む様なものであろうぞい。」
生きている間は修行中じゃ、修行と言う事はまあ色々と、いわゆる信心修行と、何の道でも修行は付き物でしょうけれども、一番間違いのない信心修行と言う事はどう言う様な事だろうかと、昨日阿倍野の教会にお引き寄せ頂いて、あちらに掲げてあります、五カ条の中に「日々徳積みの信心、力を得て行くと言う信心」日々徳を積んで行くと言う信心、日々力を得て行くと言う信心、そう言う私は、為の信心修行が本当の信心修行だと思うですね、日々徳を積んで行く徳積みの信心。
お互いの信心がどう言う事、日々朝早ようから、朝参りをすると言う事なんかは、本当に、お道の信心のいわゆる一番修行だと思う。けれどもお参りそのものが修行であると同時に、お参りのいわゆる目差しとする所、願いとするところ、それが只この事をお願いせんならん、この事を頂かんならんからと言うただ、私の願い言うものが、成就する事の為に、修行をしておると言うと、その修行は、同じ朝参りであってもです、大した修行じゃないと思う。ね。
それでもやはり一心を立てさせて頂いて、神様にお願いをさせてもらうという為の修行であるのですから、いけない事ではありませんけれども、それをもっともっと高度な所に置かれた、朝参りである。お互いこうして健康のおかげを頂いておる、その健康がいわゆるいよいよ健康の徳になる事の為、例えば朝参りが出来ておったら素晴らしいでしょうねえ、現在健康のおかげを頂いておるからこそ朝まいり出来ておる。
けれどもそれが参ったり参らなかったり、途中で止められたりと言うのでは修行になりませんよね、例えば健康のおかげを頂いておるそのお礼に、例えばその修行が出来るとするなら、私は健康の徳を受けると思う、健康の徳を受けるから是は是こそ、手足の適う限りと言う事にもなるのではないでしょうか。それは手足の適う限りと言うと、大変こうじゅずなさを感じますけれども、難く楽しゅうもう御体の続く限りは朝参りをさせて頂いて、健康の徳を受ける。
勿論力が付いて行く事も是は感じます、今迄十匁しか持てなかった者が二十匁も平気で持てる様になり二十匁持てよったのが、五十匁も平気で持てれる様になると言うのですから、段々力を受けて行くと言うのが分かって来る。しかもです、しかもそれは学者が眼鏡をかけて本を読む様な物であろうぞいと、こう例えばもう杖に縋ってでもと言う様にですね、言うならば子供に又は孫に手を引かれてでもと、年をとっても眼鏡をかけてと言うのは、そう言うふうな感じで頂いたらどうだろうか。
私の心の中に頂かせてもらう、言うならば健康のお徳を受けると言う事、健康の徳を受けておるからこそ、こうしてお参りが出来るんだ、今日も健康のおかげ頂いておる事をお礼参拝させて貰わんならんけれども、もう若い者の様な訳には行んから、例えば杖を付いてでも孫に手を引かれてでも、それは眼鏡をかけて学者が本を読む様な物であろうぞい、信心修行ちゃそんなもんだと思う。けれどもそうしてでもお参りをすると言う事は、そうした健康の徳が身についておる事がよう感じる、分かる。
例えば学者が本を読む、しかも眼鏡をかけてでも、読むもう限りがない、もう沢山な本を勉強すると言う訳なんです。それは新しい知識、新しい学問の徳と言う物が、身に付いて行く事が楽しいからそうするのです。ああこの年になる迄、眼鏡かけちから迄、本を読まにゃんと言う事はじゅずない事だと、言った様な物はないでしょうが、ここにも仰っておられる、学者が眼鏡をかけて、本を読む様な物であろうぞいと言うのは、学問をする新しい知識が身に付いて来る。
是が学徳であろうか思う、徳が身に付いて来る。もうそれが楽しいのである。信心の徳もそうです、例えば私は今日は健康の徳だけの事を言うておりますけれども、本当に例えば寝て動かなかったり、頭が痛かったり歯が痛かったり腹が痛かったりする事もあるそんな時にはお参り出来ないけれども、お腹が痛いと言う事も頭が痛いと言う事もないそして段々年を取って行くから、やはり子供に手を引かれ孫に手を引かれてでも、朝参りが出来ると言うのはもうそれは。
はあこげん年を取ってからでもお参りせんならんと言う事は何とじゅずない事だろうかと、と言うのじゃないのです。もうそれが有り難うして、楽しゅうして、と言う修行でなからなければならないと思うのです。修行は。もういくつまでは参るばってん、もういくつから先はもう家で拝むと言ったようなもんじゃない、もう手足のかなう限りは、其処ん所を一生が修行じゃと仰せられたのです。
けれどもそれはじゅずない事でも切ない事でもない、只有難い一念がです、いわゆる学者が眼鏡をかけて本を読むと言う事も学識が身に付いて来る。是が学徳と言う様な実感がある、だからだからこの年になって本を読まんならんと言う事は情けないと言うのじゃなくて、それはもう楽しい物である。山登りをするのに段々一歩一歩高められて行く事が楽しいだけでは無くて、視野が広うなって来る、学問の言うならば身に付けて行く分野と云う物が段々身に付いて来る、それが楽しいので有る。
それが有難いので有る。健康の徳もそうである、生きたくば信心をして、長生きをせよと仰る、健康の徳を受けさせてもらう事によってです。長生きせよと仰る、健康の徳を受けさせてもらう事によってです、長生きのおかげをしかも痛い痒いもない、本当に有難い。昨日阿倍野の先生にお目にかかったんですけれども、七十八歳と仰るけれども、どんなに見てもまあ六十五歳位しか見えませんですね。
私は丁度昨日こちらに帰りましたら、吉井の杉のお婆ちゃんが、今日はちと遅うなりましたばってんかと言うて来てから、その午後から参って来ておられます、そしてそこで私の帰りを七、八人の方がこう取り巻かれてからこう、色々な土産話しをさせて頂きながら、お婆ちゃんあなたはお幾つでしたかねと言ったら、七十八で御座いますと。七十八と言ったらもうあの様にお婆ちゃんです普通で言うたらあれが当たり前てせしょう、それでも元気ですよねまだ沖縄にでも行かれりゃ東京にでも行かれるのですから。
今頃からお孫さんが結婚式で東京に行かれました、元気なんですけれどもやはり何処から見ても、七十八のおばあちゃんにしか見えないのです。それは阿部野の先生にお目にかかってから一番、年を知っとる者ならばびっくりすると思う事は、その若若しさです、いわば艶々しておられます、お徳を受けると言う事はあんなもんかと思う。そしてその声の美しい事、に又驚きましたですね。昨日ね私はもう本当に恐れ入ってしまいました事は阿倍野の先生と若先生お二人が南泉教会においで頂いたんです。
もう本当に恐れ入ってしまいました。それもあちらえ、その日の内にと思うておったんですけれども、もう泉南教会に着きましたのが夕方でした、しかも私はもう、大阪大阪と言うから近いーかい所かと思ったら、とても空港からバスで三十分それから急行電車でまた一時間、乗らなければ南泉教会え行けない所です。是はしもた大阪空港からツーッともう阿倍野の教会に直接お参りさせて頂きゃよかった、そして今晩はゆっくり泉南教会に参って、あくる朝帰って来る様にすればよかったとまあ思った位です。
もうとても又一時間半ものバスから電車やらに乗って又阿倍野に行くと言う事はとても出来ないのです、それで泉南にやらせて頂いてから思った事はね、もう本当に神様のお計らいにはおそれ入ってしまう、泉南教会に参りましたらもう、教会揚げてからもうそれこそもう、教会長先生迄がもう転てこ舞してからサービスをして下さった、もう大歓迎で御座いました。
もう手を握って、とに角まあよう来て頂いた、と言うてから喜ばれるんです、丁度椛目の時にあちらの二番目の息子さんが暫くではありましたけれども、修行に来とりましたそんな関係もありますし今頃から、御自分も御夫婦で見えておったりしておりましたから、ほんに神様の御準備と言うのはもう恐れ入ってしまう、今日の事の為にああ言う御準備がもう前前からまああっておったんだなと私は思いました。
そしてお話を聞く内に驚いた事は「先生今日は阿倍野教会の五十年の記念祭です」と言われた、もう私は是を聞いた時です、もう本当になる程朝の御祈念の時それ迄はやむにやまれん思いでしたけれども、どうでも一つ泉南の先生が御本部で話しておられる、お話しの中からあれを読ませて頂いた時にです、もうとに角矢も楯も堪らん思いで阿倍野の教会長先生にお会いしたいと思っておったけれども、神様からスッパリ思いあきらめる様に頂いておって、あきらめておる所え、あくる朝丁度昨。
一昨日です、朝皆さんにお話しました様に「泉南教会行き」と言う事を頂いた。ハハアもう泉南教会に行きさえすりゃあもう阿倍野教会に先生が連れて行ってくれる事は間違いないと思ってますからね、まあ有難いと思うて参りましたが、なる程泉南教会行きでなからなければならなかった事を思いました。私があのまま御承知の様に高橋さんが一緒にまあ随行で来て下さいましたからもう本当に、それこそ痒い所に手の届く様な御用さしてもらいながら参りました。
けれどもそのまま、私共がほんなら四時位に私共が阿倍野の教会にお参りしたら、もうそれこそ御大祭の後でてんやわんやで何もかも出来なかったと思いますねえ。私は泉南教会でお食事させて頂きながら、そう言う事聞かせて頂いてから、何と素晴らしい事だろうと思わず私は涙がこぼれた、もうとに角泉南教会の先生が五十年間あれだけのお徳を受けられる為には、ずいぶんと血の涙が出る様な事がおありになったろう、大変な苦労もおありになったろう。
私は昨日も、聞かせて頂いたが、ああ言う大変偉い先生です、けれどもねえ、あの合楽の先生、あれでも隣近所の教会は、良う言う者がおらんそうです。色々なその根も葉もない様な悪口を言い立てては、阿倍野がと云とった様、な言い方をするらしいのですよね。まあ何処のカラスの黒さも、同じ事と思いましたよ、それでももう、それを一身に神様が御承知ですから、とだけしか他には仰らんそうです、いかに皆が中傷しても、神様が御承知ですからと。
そして本当に喜びの塊の様な感じを持っておられる、先生がです、まして五十年間と言う永い信心修行の今日あの様なおかげを受けられた事の御礼、言うならば七十八歳になられる先生が一番最高の喜び有難さをもって、お祭りを仕えただろう、その最高潮の時に私が先生にお会い出来ると言う事は、何と言う神様の御演出とは言いながら素晴らしい事だろうかと思いました。
それで私共が休みましてから、実は阿倍野の教会に電話をかけられた、泉南の教会が、実はこうやってわざわざ合楽から、教会長夫妻が私共の方に見えております、勿論記念祭の事なんか、全然御承知じゃなく見えとります。只私の話し、先生の事をお話しておった事を、読まれて十五年間も思いに思い、続けてきた思いがやむにやまれんで、実は先生にお目に掛りたいと言うて見えておるんですよ、と言う意味の事を話されたんだと思うんです、それ迄私は話しとりますから、電話を掛けられた。
そしたら朝の食事の時に「先生、阿倍野の親先生と若先生がお見えるそうですよ」と言う事です、泉南教会にーー「それは又どうした事ですか」それはあのー京都の今日は四条教会が親教会の様な教会らしいですね、だからそちらに親先生と若先生で、お礼参拝をなさると言う事です、ですからまあ言うなら私共が行ってもいないと言う訳です、それでそちらの方参りますとこう言うて。
いやあそれは気の毒ですなあ、それは本当に相済まんですなあと言うてまあ丁度、九時ちよっと前位に見えましたから、ゆっくりあちらの広前でお会い致しまして、お話をさせて、頂いたんです。それで帰られた後で御座いましたけれども、四条においでられるその途中だから、泉南教会に寄って下さるとこう思ったんです、私はーーー。所があなた泉南教会から阿倍野教会迄は一時間二十分自動車で掛かるんですよ、私が昨日の朝参りましたら丁度一時間二十分掛かりました。
所が京都と言うのは、それとは全然反対の方なんです。私は又、途中途中と思うとるもんですから、でなかったらもっと有難かったてしょうけれども、わざわざ。私はもう本当に、おかげを受けられる方は違うと思った、もし是がどうでしょう、此処から、福岡以上ですからね、私を尋ねて来とると言う人が、もしあってです、お会いしたいと言いよると言うならば、そんなら私は、明日八時に出ますから、それの前に来て下さいとか何とか言ったでしょうね。
例えばそんなら此処から福岡迄そして又福岡から此処え帰って来て又、反対の方え行かんならんと言う様な事を、わざわざ若先生と二人でですね、泉南教会にお見えて成程泉南教会行きと言う事を前の朝に頂いておったはずだと思いました。阿倍野教会行きじゃなかったですから、泉南教会でもう本当に私は劇的な対面であり、劇的なシーンであったと思います、私と阿倍野の先生があそこのお広前でお会いしてお話させて頂いて。
お目に掛かったのは先生、私は十五年前御本部でで御座いました、是は影ながらの御面会でしたけれども、今日改めてさし向うてお会い出来ると言う事は有難い事だと言う、お礼申させて頂いたんですけれども、先生も大変、まあお喜び頂いてで御座いましたが、そう言うですねそのおかげを頂いてます。まあだまあだ本当に、それからも私共は阿倍野の教会にお礼参拝させて頂いて、そしてこちらえ帰らせて頂いた。
時間が空港で一時間位あると言う事でしたから、あちらの御信者さんが今日一日はこの車をお使い下さってよいと言うて、車と運転手さんを提供して下さったんですけれども、その運転手さんにお昼頃になりましたからお食事を差し上げたいとこう思うて、空港に行ったんではなんだから、どっか途中で時間つぶしにとこう思うて、大阪と云う所は見る所は在りませんから。
大阪城を私は見た事が無い、ならそちらに参りましょうか、丁度空港への道すがらでもありますから寄せて頂いたばってんですね。もうそれこそ降りて見ようごともなかったです、有難いがいっぱいですから本当ですよ、それは私の好きなあの大阪の歌舞伎座なんかの前も通りましたけれども、歌舞伎の看板をこうやってながめ様ごともなかったです、本当に有難いと言うものはあんなものです、もうそんな余裕じゃなくてからそれだけで一杯いなんです。
そして阿倍野教会にお礼をさせて頂きましたら、阿倍野教会でもその泉南の親先生が泉南の教会においでられると言う事を知らなかったらしいのです、実は今日泉南教会で親先生とお目にかかってこうこうだと言うたけれども、何か先生方が狐につままれた様な、あちらの若奥さんと思われる方が、修行生の方がちよっと待って下さいと言うてから見えましたから、お待ちしとりましたら。
ちらの若奥さんだろうと思われる方が出て見えられてから今日は本当に親先生がお留守で失礼しましたと言うてみえましたもん、いやあ実はこんな風で泉南の教会でお会いしましたと申し上げましたら、そんな事があるはずがないと思うておられる訳でしょうね。でしたですけれども、沢山のお土産ども頂いて帰った訳ですけれど。そう云う様なまあ是は昨日のお土産話の一部ですけれどもね。
昨日こちらえ帰らせて頂きました、只今帰らせて頂きましたと、本当にあれこれと縷々とおかげを頂いたお礼を申させて頂きましたら、此処で頂きます事がコーヒーのヒという字を漢字で書きますと、口辺に非ずと書いてありますね。と。今度の阿倍野の先生とのいうなら対面はね、もうとても口に表す事が出来ない程しのものを頂いて来たと神様はおっしやったです。形の事はそれだけなんですね、言うならばけれども口に表す事の出来ない程しのものを頂いてきた。
言うなら船にも車にも積めん程しのおかげを頂いてきた。阿倍野の先生にお目に掛かって本当に思わせて頂く事はです、七十八歳になられ本当に言わば教会に入られてからは五十年ですけれども、その五十年間の例えば苦労だけでも大変な事であったでしょうけれども、それが全部おかげになって来ておる。信心をしておれば多い事が年々増えますよと、おっしゃるそれなんです、だからその事の五十年間のおかげを受けられた事の例えば、その祝詞の中にそれを束ねて五十年間のお礼を申し上げられたと言う。
その喜びの最高潮の時に私がお目にかかったと言う事になるのです。なる程それはそれだけですけれども、眼に見えないものを頂いて来た、わざわざ合楽から只その一瞬そのお会いする、ひと時だけ、お話は頂かんでもええただお会いするだけでええ是が私の願いでしたから。もうそこに結集されてある勿論そう言うものが形の上でも今日、私は健康の徳と言う事を皆さんに聞いて頂いたんたですけれども、皆さんが朝参りをなさるならば、こうして本当にお参りが出来ると言う事は健康のおかげを頂いておる印なのだ。
けれどもそのお礼ではなくて、只この事を頼むんなら勿論頼みもせにゃならん、願いもせにゃならん、けれどもです、健康のおかげを頂いておると言う事が第一の、お礼の参拝と言う事になったらです、私は健康の徳を受けるそれこそ、手足がかなう迄は、お参りさせて頂かなければおられない、それは杖を付てでも、孫に手を引かれてでもお参りさせて頂く事であろうと言うのは、それはじゅずない事でもなからなければ、きつい事でもない、只只嬉しゅうして楽しゅうして。
それは学者が年を取って眼鏡をかけて本を読む様な物であろうぞい、と仰せられる様な心もちで、信心修行する。なる程是こそ徳積みの信心だと言う事です、是こそ力をうけると言う事です、生きたくば信心して長生きをせよと仰る、長生きのおかげを頂かしてもらうと言う事がです人よりも十年も十五年も、例えば若うしておられると言う事は、長生きすると言う印でしょう。昨日こちらえ帰って本当に七十八歳と言う同じ二人の方のお婆さんを此処で見せて頂いて、その方も普通で言うなら大変健康です。
けれどもこちらは婆さん、本当にお婆さんです、けれども阿倍野の先生の場合はもうどんなに見ても、とても七十八歳なんて思われはしません、しかも若若しい、しかもその声の若やいだお声である事に驚いた。なる程お徳を受けるともう体全体から、喜びが溢れているという感じだけでなくて、あの様に若若しゅうしておられると言う事、なる程健康のお徳を受けておられると言う事を思うのです。
だから日々徳積みの信心、私達信心はおかげ頂の信心ではなくて、徳積みの信心そして願う事も一杯し願わなければいけません。頼む事は一杯頼まなきゃいけません、何故って自分ではどうにも出来ない事ばっかりですから。けれどもその事を通して、私はこうやって健康のお徳を受ける為の信心修行が出来ておる朝参りが出来ておると言う事がです、私は徳積みの信心と言う事になるのじゃないかと思う、勿論健康の元気の徳と言うだけではありません、人間はやはり金の徳。
物の徳、人の徳、様々な徳がなからなければ人間の幸せと言う事はありませんけれども、阿倍野の先生の場合はそれの全部を身に付けておられると言う感じですねえ。もうとに角阿倍野の教会に参拝させてもらってから、只もうたまがるばかりの事で御座いましたけれども、その行き届いておる教会の隅々迄行き届いておる事のね、又お掃除の行き届いておる事のとても、記念祭じゃけんお掃除をしたと言った様なお掃除じゃありませんもの。もう永年かかってもう研き上げられたお広前と言う感じでした。
もうそりゃねもうお徳と言うものの素晴らしさを、いわば形の上に見せて頂いた様な感じが致しましたが、阿倍野の先生は確かに健康の徳と言うものをあの若若しさによって、是が健康の徳であろうと言うものを私感じて参りました、是は私共もいよいよ若こうならにゃいけんと思うんです。それにはやはり私共日々徳積みの信心をさせて頂かなきゃいけません、今日は直子と二人控えに出て参りましてから、三代金光様のお写真の前で必ず御挨拶を申し上げました。
今日は一日御無礼しとりますから今月から又金光さまよろしくお願いします、とお願い申し上げた途端に、パチーンとおいさみがあるのですから。 直子ちゃんちょいと今のおいさみ頂いたか、と神様が生きて御座る印じゃろうがと言うて、直子と二人話しました事で御座いました。私共はその様に間違いのない生きた神様を頂いておるの御座いますから、そんなら生きた心でおかげを頂くと言う事も有難いけれど、生きた心でです目には見えないけれども、徳積みのおかげを頂かせてもらうと言う事をです。
願いとしての信心にならなければならない、しかも学者が眼鏡をかけて本を読む様な物であるぞいと仰せられます様に、自分の身に付いて来るお徳と言うものが感じられる程しに、本を読みながら学識が出来て来る、いよいよ新たな勉強が詳しくなる、是が学徳であると思われる様な徳が身に付いて来ると言うのですから。なるほど年をとって眼鏡をかけて本を読むと言う事がです。
是は学者ちゃ本当につまらんこげん年をとってからでも本を読まんならんと言った事ではない様に、信心者も同じ事、この年をとらせて頂いてもまだ朝参りが出来ておると言う事は何と有難い事かと言う事になって来る時にです、声も若やいで参りましょう体全体から若若しさが私はあふれてくるような喜びが頂けると思うのです。今日はあの健康の徳と言う事を特に聞いて頂きました、朝参りは健康の徳をもうこんな素晴らしい健康の徳を受ける方法はないと思うですよね。
私共が朝早起きをして新鮮な空気でも吸いながらそしてお参りをさせて頂いて、一生懸命御祈念をさせてもろうて有難いお話を頂いて帰ると言うのですから、是が徳積みにならないはずがない、だから自分の心の中にです、その健康なお礼の為に例えばお礼参拝が出来ておると、只切ない、じゅずない事だけを神様に願う為に、もうしるしいばってんお参りしよると言ったものから脱皮した、そう言う信心を身に付けて行きたいと思うですね。 どうぞ。